樹海の糸


追憶。

冷たい灰色の空を侵略しようと手を伸ばす木々の群れ。
無造作に転がっている片方だけの革靴。
水溜まりに溶けていきそうになっている、誰かの分厚い日記。
そして
縦横無尽に張り巡らされた数多の糸。

それは運命のように
       輪廻のように

森の奥へ進もうとする程にそれらはもつれ、この体に絡み付いて来る。
耳元に聞こえるのは優しく清らかな貴方の声。
私を一度は救い、そして今投げ捨てようとする貴方の声。

私達は透明な恋をした。
御互いの影に狂おしい程の熱を覚えた。
でも私は今までずっと知らずに生きて来た。
愛が限りない大きさそのままで、憎悪に成り代わることがあるということを。


考え事をしていると、湿った緑色の地面に足を滑らせ、
腰を何かに強く打ち付けてしまう。
見ると木の根である。
それは大地を抉り、逞しくうねって交錯していた。
根から視線を上へ上へと辿って行くと、改めて大きな樹だ、と思う。
今まで一体どのくらいの年月を生きて来たのだろう。
きっと私とは比べ物にならないくらいの長い期間に違いない。

幹に耳を押し当てると、生命の流動が聞こえてきそうな気がした。


私たちの恋は、ひどく非現実的なものだったからこそ、透明だった。
自らに偽り続けた、でも優しかったあの日々を私は美しいままで終わらせよう。

爛れた糸はそのままで、私はこの広大な迷いの海に身を沈める。
あなたを思い続け、永遠の幸福を手に入れる。




そんな追憶。





coccoの名曲、『樹海の糸』に想像をかきたてられて書きました。
以前スーパーテレビで青木が原樹海の特集をやっていたのですが、
本当に糸だらけでした。
まるでその人を繋ぎ止めるように、
絡めとるように・・・



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