まばたき



いよいよ暗くなってきた夜空の下で、町は燐色に光り輝いていた。
「牛乳を買ってくるね」
“ジョバンニ”がそう言って微笑むと、病床の母は首を横に振った。
ぬけるほど白い肌に、うっすらと汗が浮かんでいる。
「どうして、母さん」
母は弱々しく微笑むだけだったが、“ジョバンニ”には母がものを食べない理由が何となく解っていた。
理性から母はもう食べるのをやめたのだ。
“ジョバンニ”の左胸を心臓が激しく打っていた。

別れのときはもうそこまで来ている。
“ジョバンニ”は母の薄い手を、両手で包み込むようにして握りしめた。


彼はただまばたきをしただけだった。
それは目が乾かないようにと反射的に起こる、人間の本能的な動作だった。
母を焼き付けようとした瞳は、理性は、あっけなく破れた。
目を開けたときにはもう母の姿はそこにはなかった。彼は地平線まで何も無い、閑散とした荒野に取り残されていた。
“ジョバンニ”は自分の足元にだけ、白い綺麗な流砂が散らばっていることに気が付かなかった。
それは何よりも純粋な、遥かかなたへ還りそびれた残骸であった。


目の前にはいつのまにか“カムパネルラ”が座っている。
「汽車を待ってるんだ」
“カムパネルラ”はそう言って頭上に広がる宇宙を仰いだ。
手を伸ばしたら掴みとれそうな星々すら、実は気が遠くなるほど向こうにあるのだということが、
“ジョバンニ”には痛いくらいの現実だった。

彼はああと深く息した。

彼は忌まわしい本能の匂いのしない、無生物への変身を願った。
例えば人形になれればいい。虚無の飽和したガラスの瞳で、今度はきっと永遠を捕まえる。

「“カムパネルラ”、僕たち二人きりなんだね、どこまでもどこまでも一緒に行こう。
僕は今度こそ本能に打ち勝つよ。そのためならば僕の身体なんか百ぺん灼いてもかまわないさ。」

「うん。僕だってそうだ。」

“カムパネルラ”もずっとまばたきを我慢しているようだった。彼の目にはきれいな涙がうかんでいた。
だけど心の底では二人ともこの結末が解っていた。

「永遠」の見せるゆめ。
マバタキ。


“ジョバンニ”は生きていた。
いや、死んでいなかった、と言ったほうが正しいだろうか。
そこは無音の世界だった。空気があるのか無いのか分からなかったが、とにかく凍てつくように寒かった。
全てが凍りつき、崩れ落ちていく温度だった。

瞳は涙で潤っていた。

伸ばした指の先に、“カムパネルラ”はいなかった。

もう“ジョバンニ”が目を開けることは無かった。

<終わり>




宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のパロディ?でしょうか。何とも恐れ多いマネをしてしまいました・・・。
賢治が作品に生涯貫きとおした「自己犠牲の精神」に私はあまり共感することが出来ないのですが、
彼の作品は瑞々しい表現がとても素敵で尊敬しています。

本能に支配されない理性とは存在するのでしょうか。

戻ル




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送