母が亡くなって二月が過ぎた。

 「お父さん、お庭ばかり出ていないで中で御茶でも飲みましょうよ」

 父はああとかううとか口の中で呟いて、また草いじりに戻る。
娘は熱い湯呑を二つ卓に置いて広くなった居間の真中に座る。
薄暗い室内に白いブラウスが光るように浮かぶ初夏の日である。

 母が世を去ってからというもの、父はいつも庭に出るようになった。
朝起きて庭へ、朝餉の後庭へ、昼餉の後・・・・・・

 「まあ、お父さんも淋しいんだろう。そうっとしておいておやり」

 誰かが宅で茶を飲みながら娘に言った。
その頃はまだ居間に母の遺影と桐の箱が置いてあり、周囲には瑞々しい花の香気があった。
娘は何も答えずに庭の父をなが めた。

 それから一月たった今日、娘は父が薔薇しか植えていないことに、
それも他の花をとりはらってまで薔薇の庭園を作っていることに気がついた。
はじめは葉だけの苗木を、それから豊かに色づいた蕾のあるものを、
そしてもはや 花開いているものを。

過密すぎる薔薇が庭の土を呑みこんでゆく。

 「土がやせてしまうわ。全て枯れてしまうじゃないの」

 庭に出た娘は、絡み合い、こちらに花を差し出してくる薔薇の紅の滑らかな棘を 指先で撫でる。
花の暗色の中心から豪奢な香が漂い、娘の頬を絹のような花弁がすべり落ちた。

夏が終わればこの薔薇の園は死んでしまう。
後に残るのは乾いた不毛な土だけになる。

 「弔いだ」

 父は苦しみ歌う薔薇を見上げた。
 娘は肩を震わせて泣いた。




薔薇の出てくる小説を、と友達の都司さんにリクエストして書いて頂いたものです。
彼女独自の個性も残しつつ、病的な薔薇の魅力を描いてくれました。


戻ル




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